『突風』唐突にゾイド小説


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 無謀とさえ言えた第一次全面会戦……。三倍近い戦力を持つガイロス帝国軍のエウロペ侵攻に対し、ヘリック共和国軍上層部の下した判断は、正面からの大会戦だった。大陸の中央部を占める砂漠「レッドラスト」で激突した両軍。だが、開戦から一週間。数に劣る共和国軍の戦線は、砂漠の全域で瓦解。全面後退を余儀なくされていた。


「……というのが、まあ今の惨憺たる状況なわけだけどさ」


 ノイズ混じりの無線に向けて、ユウヤ・タカセ曹長は語りかけていた。応答はない。


「ただ、戦線は砂漠全域で展開されたけど、主力の配置から言って、上層部には一つの目的があったように思うんだ」


 搭乗機であるゴドス指揮官仕様のコクピットの中。片手で操縦桿を握りながら、ユウヤは手元に広げた地図に目を落とす。


「帝国軍の戦線も全域に拡大させて分散を誘い、主力を楔にして一点を突破する……目的地は、おそらくこのオリンポス山……」


「……あのなあ……」


 隣を随行する同じくゴドス指揮官仕様の無線から、ようやく雑音と共に、応答が帰ってくる。


「んなことは、もうどうでもいいじゃねえか……! 俺たちが、どうこの状況を脱出するかが問題だろ?」


「ん……まあそうなんだけどさ……」


「味方とははぐれ! 残弾はわずか! 食料は昨日の朝食い尽くした! 敵さんは相変わらずくっついて来てる! なのに、なんでそんな、今更どうにもならねえことをしゃべくってられるんだ、お前は!」


 兵員養成学校の同期であるジョルディ・パールマン曹長の力ない怒鳴り声に、ユウヤは苦笑いを浮かべ、腹をさすった。


「いや……何かしゃべってた方が、空腹がまぎれるかと思ってね……」


 第一次全面会戦、陸戦部隊に配属された二人は、最大数の量産機であるゴドスを与えられ、戦線に加わった。それぞれ二名の部下と小隊を組み、より大きな規模の中隊の一部として、前線で帝国軍と会敵。断続的に起こる砂嵐の中、押し寄せる敵を前に味方は一人減り、一人はぐれ……上空支援に当たっていたダブルソーダから、「全軍撤退」の伝言ゲームが回って来た頃には、腐れ縁的な同期の二人だけとなっていたのだ。
 そのダブルソーダの姿もいつしか見えなくなり、二人のゴドスは全速力で撤退を開始。だが、砂嵐と、それ以上に周囲を飛び交う電子戦ゾイドの妨害電波によって完全に方向を見失ってしまったのだった。
 それから丸二日。二機のゴドスは砂漠を歩きっぱなし。コクピットに積み込んでいた携帯食料は、あらかた戦闘中に食べ尽くしていたこともあり、もう残っていない。飲まず食わず眠らずで、すでに30時間以上が経過。さらに悪いことに、今から1時間ほど前に、歩兵ゾイド・イグアンの小隊と遭遇してしまったのである。


「や、やべえ!」


 真正面から鉢合わせしたと気づいた時、とっさに砂漠にビームを打ち込み、砂を巻き上げて逃げ出した。一時は捲いたと思ったのだが……今、頼りなげに揺れるレーダーの画面に、追ってくる光点がおぼろげに映っていた。



 正面に大きく視界が開けたコクピットだが、目に映るのは砂、砂、砂。吹き荒れる砂嵐ばかりだった。二日前から、味方の機影や陣地を探し、目を皿のようにしているにも関わらず、ずっと同じ光景が続いている。


「あ〜、ちくしょう……腹減ったなあ……」


「まだ食事をとらなくなってから、30時間。大丈夫、これぐらいでは餓死しない。もっとも、今が一番空腹を感じる頃合いではあるけど」


「うるせ〜よ……。……どうだ、まだ敵さん、追って来てるか?」


「ああ……逃がしてはくれないらしいね」


 しかも……ユウヤはレーダーに映った機影の数を数える。さらに、ゴドスの外部マイクが拾ってくる、砂嵐に混じって聴こえる駆動音に耳を澄ませる。


「増えてるよ……イグアンはさっきの3機……でもレーダーの機影は5つ。このキャタピラ音は……たぶんモルガだ」


 イグアンと並ぶ帝国最大の量産機である、イモムシ型の突撃戦ゾイド・モルガ。単純な戦闘能力でなら、ゴドスでも戦える相手である。だが、もともとゴドスとイグアンの戦力比は4対6と言われ、分が悪い。それに加えて数の差、補給の有無。戦っても絶対に勝てない戦力差だった。


「そっちの残弾はどうだい?」


「ああ……2斉射もしたら、終わりだろうな」


「……同じく」


 砂嵐は、さらに激しさを増していた。後部のモニターに機影は見えないが、確実に着いてきている。仕掛けてこないのは、ほとんど移動スピードに差がないせいと、この砂嵐のせいだろう。嵐の勢いが弱くなれば、当然、攻撃してくるはずだ。


「距離的には、もうかなり味方の陣地は近いはずなんだ。ナビは狂ってるけど、ゾイドの方向感覚は人間とは違うからね」


 人間ならば、目標のない砂漠では同じところをぐるぐると回ってしまうと言われる。だが、本来野生の生命体であるゾイドには、優れた方向感覚が備わっていた。索敵、電子戦のシステムは、それを最大限に応用する形で作られている。


「直進してきたのは、間違いない」


 時折、見えた太陽の位置から、方向もある程度わかっている。確実に、二人のゴドスは、味方の勢力圏に近づいているはずだった。


「そう信じたいがね……しかし、敵さんもしつこくついてきやがるな……」


 空腹と疲労に耐えかねているのか、先程から続くこの緊張が応えているのか、ジョルディの声には力がなかった。ユウヤも、時折意識が朦朧とするのを感じている。
 あまり、長くは保たないかも知れない。そんな考えが、頭を幾度かよぎった。あまり考えないようにしてきたが、砂嵐が止むか、このまま味方の陣地にたどり着けないかすれば、いずれにせよおしまいだ。
 少しだけ残っている水筒の水で舌を湿すと、ユウヤはレーダーを睨みつけた。戦場はジャミング波が飛び交っている。レーダーも乱れがちだ。指揮官仕様のゴドスは、一般機よりも強力なレーダーシステムが積まれているが、それもこの状況では完全な性能を発揮しない。時に、機影が消え、諦めてくれたかと錯覚するが、それは一時の不調に過ぎず、同じく追いかけてくる光の点が、再び明滅しながら姿を現した。
 不意に、無線からジョルディの掠れた声が聴こえてきた。どこか、様子がおかしい。


「なあユウヤ……俺がつき合ってた女、覚えてるか……?」


「ん? ああ……覚えてるよ、赤毛の、なんて言ったかな」


「もうさ……別れたんだよ。こないだ手紙送ったけど……」


 なぜ、今そんなことを? 不意に悪寒を覚え、ユウヤは無線機に怒鳴った。


「や、やめろ! やめてくれ!」


「な、なんだよ! 聞けよ! もう最後かもしれねえんだから……!」


「だからイヤなんだよ! 縁起が悪い! 戦場で女の話なんて! いいか? これは古くさいジンクスなんかじゃないぞ。戦争ものの映画とかで、そういうことを言い出した奴は、たいがい……」


「……お……ねが……」


「そ、そうか……。い、いや! 俺はそれでも話しておきたい……」


「やめるんだ、そんな死亡フラグ! こんな時に女なんて……」


「……き…えま…か……ゆ…ぐんき……」


「くそっ、前からお前はそういう奴だと思ってたよ。人の良さそうな顔して、ほんとは冷血……。……ん?」


「うるさいっ、誰が冷酷非情……って……待てよ、これは……?」


 二人は押し黙り、無線に耳を澄ました。切れ切れに聴こえてくるこの声は……。


「……聴こえますか、友軍機……。こちら共和国軍……戦闘隊……。……アディス曹長……。応答願います……」


「「味方だっ!」」


 二人は一斉に叫んだ。ユウヤはキャノピーと砂嵐越しに、ジョルディの顔のある方向を見た。もちろん見えないが、おそらく歓喜の表情に違いない。


「聴こえる! こちら第7強襲戦闘隊所属、パールマン曹長!」


「同じくタカセ曹長! 聴こえますか!」


 途切れ途切れで声質もよくわからないぐらいの雑音混じりだったが、二人の叫び声は確かに届いたらしく、声の調子が変わる。


「……良かった! そのまま応答し続けて……さい……! そちら…向かいま……」


「やったぞ! 助かるんだ!」


 ジョルディの声に喜色が混じる。束の間、二人は空腹も忘れた。


 よし……! ユウヤも思わずうなずき、操縦桿を握り直した。味方と合流さえすれば……。追ってくる敵の数も多いわけではない。味方の陣さえ近ければ、追い払えるはずだ。


「急いでくれ、追われてる。敵は……」


「……って……そちらの位置……特定…きない……妨害……」


 不意に、無線が途切れる。


「お、おい!? ちょっと待ってくれ! そりゃないぜ!」


 ジョルディの悲痛な叫びがコクピット中に響き渡った。当然だ。ユウヤも泣きたい気分になった。


「おい、どうしたんだ? え〜……なんとかアディス曹長!? 応答してくれ!」


「駄目だ……切れたぜ、ユウヤ……俺たちの命綱が……」


「くそっ!」


 ユウヤはコンソールを叩き、唸る。確かに、味方が近くまで来ていた。もう少しで生存の道が開けたはずだったのだ。辛うじてだが通じていた無線が突然、切れてしまった。


「ちきしょう……かなり近かったはずだよな、今の味方……。このボロ無線め……! 全然役に立たねえ……」


 ジョルディの愚痴も、かなり悲壮な響きを帯びている。
 不意に、風を切る音と共に何かが飛来し、二人のゴドスのすぐ側の地面に着弾した。爆風が吹き荒れ、機体を煽る。


「うわっ!」


「くそっ、ついに仕掛けてきたか……!」


 ユウヤは後方を振り返る。おそらくは、モルガのミサイルだろう。位置を特定するためのめくら撃ちだ。今のでおおよその当たりをつけ、第二弾を打ち込むか、接近してくるか……。
 ふと、ユウヤは何か引っかかるものを覚えた。
 先程から、距離はさほど縮まっていない……なぜ、今、仕掛けてきた? こちらが味方と通信したのに気づいたのか? だが、同じ共和国軍の周波数の自分たちでさえ切れ切れにしか受信できなかった電波を、さらに後方にいる帝国軍ゾイドが受信できるものか?
 細かな弾着が、後方で弾けた。モルガが機関砲を乱射しながら突進を開始したのだ。


「やべえ! 逃げるぞ!」


 二人はゴドスを加速させた。だが、最大速度でもおそらく向こうがわずかに上。あと数分で追いつかれる。そうなったら終わりだ。まだ高速戦ゾイドヘルキャットがいないだけ、ましだが……。
 途切れかけた思考を、ユウヤは無理に引き戻す。
 後方のゾイドはイグアンが3、モルガが2、容易く追いついてくるであろうヘルキャットがいないのと同じく、こちらの通信を傍受できるようなゾイドはいない。となると、偶然……いや……。


「……いる!」


「何だって!?」


 尋ね返してきたジョルディに、ユウヤは叫んだ。


「ゲーターだ! 間違いなく近くにいる!」


 ディメトロドン型の小型電子戦ゾイド・ゲーター。
 共和国軍ゴルドスほどの出力はないが、大量生産で性能差をカバーされ、帝国陸軍のあらゆる部隊に配備されているという。ジャミング、策敵に優れた性能を発揮し、この全面会戦でも、共和国軍の通信網を幾度も分断している。


「んなこと、なんでわかるんだよ!」


「今の攻撃のタイミング! こっちの通信が傍受されたとしか思えない。さっきから、いくら砂嵐が強くなっても、ずっと追尾してきた! こっちの位置は常に探知されてるんだ!」


「な……! じゃあ今、無線が切れたのも……?」


「増援が来ると思われて、ジャミングされたんだ! そして焦って仕掛けてきた! 最小小隊単位は3! 後ろのモルガ2機は、本来ゲーターの護衛だったんだ! ゲーターだけが先行して、僕らをトレースしてる! 間違いなく、近くにいるぞ!」


 一気に怒鳴り終えると、絶句したジョルディの気配を感じつつ、ユウヤは周囲を見回した。
 どこだ? どこにいる? ゲーターは、地磁気で浮上するマグネッサーシステムを搭載している。歩行音では位置を探知できない。かといって、この砂塵の中では、有視界で発見するのは難しい。よほど大きな動きでもしてくれない限り……。


「おい、正面! 砂丘だ」


「登るな! ……左へ回り込め!」


 反射的に、ユウヤはそう叫んだ。ゲーターが探知しているのは、こちらの位置と通信だけだ。刻一刻と変わる砂漠の地形までは計算できていない。味方の射線と重ならないよう、真後ろにいないのは間違いない。とすると、こちらとほぼ並走するような動きをしているはず。もし、右方向にいるとすれば……。
 全力で砂の山を迂回し、左側へと回り込む。後方のイグアン、モルガも、同じ進路を取って回り込んできている気配だ。ユウヤは、機体の速度を落とした。ゴドスの頭を巡らし、右斜め上後方、砂丘の上を睨みつける。腹部の30ミリビームライフルの銃口を上げ、その方向へ狙いをつける。



 来い……来い……来い……!



 時間的には、そうして狙いをつけていたのは、わずか数秒だったろう。だが、ユウヤにはそれが永劫のようにも感じられた。この読みが外れていれば、もうおしまいだ。後ろの敵に、すぐに蜂の巣にされるだろう。頼む、出て来い……!
 砂丘の上に、丸い背びれの先端がのぞいた。ユウヤはトリガーを引き絞った。
 起伏のある地形ではマグネッサーシステムは使えない。短い足でどたどたと砂丘の上に這い上がってきたゲーターの機動力では、当然、そのビームは回避できなかった。砂塵で減衰していたが、ユウヤの放った一撃は、その象徴である背びれ……レーダーシステムのど真ん中を打ち抜いていた。衝撃で機体は横転し、再び砂丘の向こうへと消えて行く。
 やった……と思ったのも束の間、


「ユウヤ! 18時の方向、ミサイルだ!」


 心なしか鮮明になったジョルディの叫びに後方に振り返り、迫ってくるミサイルに向けて残りのビームを乱射する。乱射、と言うほどの残弾もなく、数発のミサイルを撃墜した時、もうトリガーは反応しなくなっていた。それでも弾幕をすり抜けてきたミサイルが一発、すぐ側に着弾した。衝撃に、二機のゴドスは頼りなくよろめく。


「残弾、ゼロだ……」


 こっちもだよ。心の中で呟き、ユウヤは再度ゴドスを反転させる。反応が鈍い。


「脚か……どこか、やられたかな」


「何だって!?」


 前進しながら、各部を素早くチェックする。今のミサイルのダメージか、この砂でとうとうがたが来たか、右脚の動作が極端に遅くなっている。歩行はしているが、移動スピードはかなり低下している。普通に前進しているだけで、ジョルディのゴドスが前に出たのがわかる。


「さすがに、これはもうだめかな」


「おい、バカなこと言うな! 女の話したのは俺で、おまえじゃないだろ!」


 ああそうさ、僕に死亡フラグは立ってないはずだった。徐々に心を浸食してくる諦観にさらされながら、ユウヤはここ1時間程を述懐する。何か間違っただろうか? いや、生きるために最善を尽くしたはずだ。
 正面にもう一つ、砂丘が姿を現した。ゴドスの速度は、もう這うようなものになっていたが、かばおうとするジョルディの機体もろとも、その影に回り込む。ゲーターを失い、敵はこっちを探知し切れなくなっている。今が逃げ切るチャンスだというのに……。
 不意に、風が弱まった。吹き荒れる砂が途切れ、周囲の空気が凪いでいく。


「おいおい、冗談だろ……」


 悪いことは続くものだ。さっきまであれほど続いていた砂嵐が、急激に収まりつつある。視界が晴れてしまえば、確実に発見されるだろう。ゾイドの全身を隠すほど、大きな砂丘ではない。これではもう……。


「……聴こえますか………カセ曹長……パール…ン曹長


 その時、待ち望んだ救いの神がやってきた。


「き、聴こえる! 聴こえるよ!」


 未だにノイズ混じりながら、無線に、先程の声が飛び込んできた。ゲーターさえ叩けば、さっきの通信が回復するかもしれない。淡い期待だったが、ずばり当たった。ユウヤは、夢中で無線にかじりつく。おそらくジョルディもそうしているに違いない。


「敵に追われてる! 至急、救援を請う! そちらは何機だ!?」


「………ちら……ルフ……一機のみ……」


 よく聴き取れなかった中で、一機という言葉だけが、いやにクリアに聴こえた。


「おいおい、一機だけかよ……」


 絶望したようなジョルディのうめきが、耳に痛い。


「援護しま………離脱でき…か……?」


「聞いてくれ、何とかアディス曹長


 ユウヤはマイクを握りしめた。疲労が急速に襲いかかり、身体から力が抜けて行くのがわかる。わざと操縦桿から手を放し、後ろのシートにもたれかかる。


「こちらは残弾ゼロ、脚部にダメージがあって、ろくに移動もできない。もう逃げ切れそうにない」


 自分でも状況を確認しながら、ゆっくりと語りかける。


「敵はすぐそこ、たぶん、あと一分あるかないかで発見される。そうなったら、僕らはすぐ蜂の巣にされる」


 呼びかけてきていた無線機の向こうから、絶句したような気配が流れた。不意に、ああ、誰か知らないが、こいつは悪い奴じゃなさそうだ、と思える。


「もう、どうにもできない。援護もできないけど……君……なんとかしてくれないか」


「おいおい、ユウヤ……」


 無茶を言うなよ、というジョルディの声。ユウヤは、不思議に穏やかな気分になる。死を前にした気分とは、こういうものだったのか?
 いや、違う。こんな状況にあっても、ゴドスがいてジョルディがいて、出来るかどうかわからないが、自分を助けようとしてくれる人間がいて……自分はまだ彼らを通して世界とつながっている。自分は孤独ではない。まだ、死という孤独の中にはいない。それが実感できたせいだ。
 そして、まだ希望だってある。


「助けてくれ。まだ死にたくない」


 見栄も何もない、本心から出た言葉だった。


「……了解しました」


 返ってきたのは、そんな台詞だった。緊張を孕んだ、だが力強い応答。ユウヤの口元に、我知らず微笑がこぼれる。


「頼むよ、敵はイグアン3、モルガが2だ」


 砂丘を回り込んで、そのイグアンの鼻先が突き出た。すぐに機首を巡らし、腕の機関砲をこちらに向ける。


「くそっ、ここまでかよ……」


 ジョルディが呟いたその時。


 突風が、駆け抜けた。


 砂嵐が止み、急激に視界が開けて行く中、二人のゴドスの側を駆け抜けた風は、その勢いのままにイグアンの喉笛に食らいついた。小型ゾイド(そうは言っても8mは超えるのだ……)の身体が宙に浮き上がり、軽々と振り回され、砂地に叩き付けられてへしゃげる。何かの冗談のような光景だ。


「おい、あれは……!」


 ジョルディが叫んだ。


「ああ……初めて見たよ。実戦配備されたんだな……!」


 ユウヤは薄れかけていた意識を引き戻し、その姿を食い入るように見つめる。
 砂丘の向こうから飛び出してきたイグアンとモルガが、機関砲とビームの一斉射撃を仕掛ける。だが、その白い疾風は、砂漠を走っているとは思えない、驚異的な速度で、その攻撃をかわしていく。砂塵を巻き上げて横滑りしながら方向転換し、そのまま背部のビーム砲を速射する。方向を変えるのも追いつかず、横腹をさらした2機のモルガがまず撃ち抜かれ、横転。続いて、2機目のイグアンも脚部を吹き飛ばされて崩れ落ちる。


「つ、つええ……!」


 感嘆の叫びが、ジョルディの口から漏れる。
 最後のイグアン……おそらく隊長機……は、背部のバーニアを全開し、制動をかけたそれに向けて突撃をかけた。だが、白いゾイドは一歩も引かず、迎え撃つように突進する。お互いのビームが機体を掠める。突進、そして激突……。吹き飛んだのは、イグアンの銀色の機体だった。砂地に這い、長々と伸びたその胴を踏みつけて、それは咆哮した。


 オオオオオーン!


 空気を切り裂くような、勝利の雄叫び。


「コマンド……ウルフ……!」


 ユウヤの唇から、その名が紡がれる。


 かつて、「蒼き獅子」シールドライガーと共に高速戦闘隊の中核を担った「白き狼」。大異変以来、個体数が激減し、今回の全面会戦にも投入されていなかったゾイドだ。再生産が進んでいるとは聞いていたが、ようやく投入されたらしい。


「た、助かった……!」


 もう、敵はいない。わずか、数十秒の出来事だった。ほんの一分足らずの間に分かれた明暗。


「僕ら……生きてるんだな……」




 そこから、わずか数キロのところに味方の前線基地はあった。護衛についてくれたコマンドウルフの先導で、その基地にたどり着いた時、思い出したように空腹が甦ってきた。


「た、助かったんだな……」


 ジョルディは、さっきからそればかりだった。
 前線基地には、彼らと同じように、やっとの思いでたどり着いたとおぼしきゾイドたちが、くたびれ切った姿をさらしている。帰還した彼らとすれ違うように、新たなコマンドウルフや、ステルスバイパーが出撃していく。高速戦闘隊と奇襲戦闘隊が配備され、今、共和国軍は初戦のダメージを少しでも抑えようと、躍起になっているのだ。
 キャノピーを開けると、乾いた風が頬を打った。砂嵐はやみ、空が抜けるように高く青い。
 すでにゾイドを降りた兵士達が、ユウヤ達にも向けて手を振ってくる。同じく手を振り返す。敗戦の兵ではあるものの、そこにはさして暗さはなかった。ただ、仲間の帰還を喜ぶ気持ちがある。
 昇降ワイヤーで、二日ぶりの地面に降り立つ。同じように降りてきたジョルディの、憔悴し切った日焼けした顔が、妙に懐かしく思えた。


「戻って来れたな、相棒」


「ああ……戻って来れた」


 照れ笑いを浮かべて、握手を交わす。
 またそのうちに戦場に戻ることになる。だが、今は休息の時だ。疲れ切った身体と心を休める時間だ。
 傍らで停止した、コマンドウルフを振り返る。そうだ、礼を言わないと。敵を全て叩いた手並みは、凄いものだった。どんなパイロットだろう?
 頭を下げたコマンドウルフのキャノピーが開き、金色の輝きが目を射た。
 金髪を閃かし、軽やかにコクピットを飛び出してきた人影は……思ったよりもずっと小柄だった。
 小走りに駆け寄ってきて、軽く敬礼する。


「第17高速戦闘隊所属、シルヴィス・プレアディス曹長です。……怪我はない?」


 二十歳そこそこの彼らよりも、さらに年下に見える……ほとんど少女だ。少々、つり目だが、弾けるような笑顔がまぶしい。小さめの野戦服をきっちり着こなし、袖だけまくり上げている。
 しばらく呆然となっていたユウヤだが、敬礼を返し、力なく微笑んだ。


「ありがとう。君のおかげで、帰って来れたよ」


「任務ですから! でも良かった、元気そうで。無線であなた、死にそうな声してたよ」


 ユウヤは、思わず苦笑いした。


「いや、冗談抜きで、ほんとにあと一分ぐらいで死ぬのかも、と思ったのさ」


 声を出して、シルヴィスは笑った。少しハスキーだから、ノイズ混じりの無線では、女性とはわからなかった。


「なんとかしてくれ、助けてくれって言われて、ビックリしちゃった。軍人がそんなこと言うのかって。でも……だから私もこの子も、よし、やってやろうって気になったのかも」


 そう言って、傍らのコマンドウルフを見上げる。ユウヤも、白き狼を同じように見上げた。コマンドウルフに限らず、ゾイドは搭乗者の意志に応えるという。5機の帝国ゾイドを粉砕した、あの凄まじい機動もまた、人とゾイドの意志が生んだ奇跡だったのかもしれない。
 シルヴィスは再び敬礼する。


「また出撃するんで! これにて失礼します!」


 再びコクピットに飛び戻り、数秒後にはコマンドウルフは起動、反転して基地を飛び出して行った。
 現れた時と同じ、まさに突風だ。


「おい……ユウヤ? どうした?」


 惚けたように、コマンドウルフの走り去った先を見送り続けるユウヤの顔を、ジョルディが覗き込む。
 白き突風は、きっとまた、彼らと同じような生き残りを連れて、舞い戻ってくるだろう。それこそ、何度も、何度も。決して一つのところに止まることなく。


「おい? ユウヤ?」


「なあ、ジョルディ……」


「ん?」


「僕、高速戦闘隊に転属願い出そうかな……」


「おいおい、おまえ……それって」


 急に目を輝かせたユウヤに、ジョルディは呆れたように顔を覆った。


 いつの世にも、恋と言うものは突然に訪れるものだという。